札幌市に上水道ができたのは昭和12年のことである。
歴史的には、明治42年に歩兵第25連隊が造った「月寒上水道」があるが、
これは軍用で一般市民対象のものではなかった。
扇状地に建つ札幌の街は元々地下水水質がよく、ために市営水道の施設
建設も函館市などよりも後になったという。
創設時、藻岩山麓・伏見の高台に創設された藻岩第1浄水場が現在の
「水道記念館」である。今から10年ほど前に第2浄水場が竣工した時点で
第1浄水場は長期間の改修工事に入り、記念館として生まれ変わったのは
つい1年半前のことである。
記念館の建物内部に入ってみると、旧沈殿池のコンクリート仕切り壁など
も一部解体されて、広いスペースをとった展示や遊びの空間が設けられて
いる。見学を終わって正面玄関上の回廊に出てみると「碧潭臨」と掘り込ま
れた石のプレートが目に留った。
記念館のベテランの案内人に聞いてみると、「当時、浄水場から見た札幌
市街が碧(青)く見えた」ので浄水場をこのように呼んだとのこどあった。
碧(青)く見えたのは、季節や天候の加減によるものか、戦前の札幌市街に
は青々と多数の樹木が茂っていたためか、よくわからない。
また、戦前日本の統治下にあった台湾・台北郊外の景勝地「碧潭」の思い
出を札幌に見出したものか? 因みに札幌市水道局OBで作る懇親会の
名前も「碧潭会」と呼ぶそうな...。
「碧潭臨」のプレート
水道記念館前の噴水広場から第2浄水場を臨む
台湾・台北の景勝地「碧潭」