十九線橋を渡りきって右岸土手をさらに西へ2キロほど進む。石狩太美駅方面の戻り道からすでに500mほど西に過ぎている。この先の行程次第で、このまま徒歩で札幌大橋を渡るのが適切かどうかを判断せねばならない。とりあえずは飛び地見学のため、堤防を南に下って当別川の河川敷に入って行く。
(河川敷入口)
河川敷へ降りる堤防上の入口柵には、自然再生事業地の標識が掲げられていて、徒歩での見学者は立ち入り可とある。当別川の石狩川への合流を見ながら、川岸に沿った砂利道を進んでお目当ての北区飛び地に入っていく。しかし、何ら行政界の標識もなく、道端の北海道開発局の測量ポールだけが道標代わりだ。広い河川敷の中は、地図上は湿地や人工の小池があるらしいが、一面に背丈のある川柳とヨシの密林でとても踏み込める状況にない。
(当別川河口2)
もう、来た道を引き返すには遅過ぎて戻るのは諦め、この道の先が元の右岸土手に出る道に繋がっていればと期待して、疲れた歩みを進めていく。道端に咲いている野の花の鮮やかな彩りが少しは身体の疲労を軽減してくれる。
(道端の野草3)
やっとなんとか右岸に戻る道を見つけ、勇んで河川敷のヨシ原を抜け土手に上がる。万一、先が行き止まりで元の道を戻る時のロスを思うと、まさにほっとした心境だった。まあ、長年のウォーキング感覚が幸いしたとも云える。土手に上がると目の前の堤防下の内水域には、途中で出会ったトヨベリ川の揚水機場が見られる。
(トヨベリ川排水機場)
その横から河川敷に降りる別の小道が付いていて、以前に訪れたことのある「石狩川公園」に出られる。この公園の佇まいは10年ほど前に訪れた時の状態のまま、”野趣溢れた”と云えば聞こえは良いが、実態は行政の放置に近く、せっかくの優れた水辺の環境を生かしていない。そもそも公園であることの標識すら今もって見当たらない。
(石狩川公園風景1,2)
(排水機場樋門水路)
再び右岸堤防に戻って西に向かい、JR札沼線の線路下の道を潜ってまた堤防に上がると、石狩川で一番長い鉄道橋梁の美しいワーレントラス造形が歩行の疲れを癒す。すぐ近くには、本庄睦男の著作「石狩川」を記念した文学碑が建っている。記念碑前の緑化広場のベンチに座ってしばらく休憩を入れる。
(石狩川橋梁)
(石狩川文学碑)
その後は、上下4車線に増強なった1,000m長の「札幌大橋」を渡って、当別町から札幌市域に戻る。依然として風はかなり強く吹いており、橋上の歩行もしばしば風に煽られがちであった。橋の袂から国道337号を折れて伏古拓北通を南に進み、すぐに見える「あいの里公園駅」に辿り着いて次の札幌行き列車を待つ。今回の総歩行距離10キロ余りのウォーキングはいささか疲れた。
(丸木舟を形取った札幌大橋標識)
エピローグ:今回の歩行のきっかけは、石狩川の治水工事に伴って生じた札幌市の2つの飛地を訪ねることだった。しかし、石狩川水系一級河川は国の管轄下にあって、市の飛地があることは配慮されているようには思えなかった。河川敷にも開発局管理の証拠はあったが、札幌市の影は何もない。実質的に治水工事前の旧行政界の意味など、地図にはあっても現実には無意味ということなのか...。